2026/04/18

音楽がつなぐ世界と、生徒からの学び

日本語がまだあまり得意ではない海外出身の方や、日本語よりも英語の方が得意な日本人の方、英語学習を兼ねてレッスンを希望される日本語ネイティブの方など、さまざまな理由で、英語でのレッスンを希望される方が増えています。

海外出身の生徒はもちろん、日本人の生徒もまた、海外に興味を持っているだけでなく、実際になんらかの繋がりを持っていたり、多言語を操ったりと、非常にユニークな背景や視点を持っていらっしゃる方が多いです。かつてロンドンで活動していた頃は、人種や国籍など多種多様な背景をもった生徒が来るのが日常でしたが、日本に戻ってからもこうして多様な背景を持つ方々と音楽を通じてつながれることを、とても嬉しく感じています。

先日ギターのレッスンで、フランス人の生徒と一緒にフランス民謡の『月の光(Au Clair de la Lune)』を弾きました。よくギターやピアノの初心者向けの教材に出てくる定番の曲ですが、フランス語の歌詞、その背景やニュアンスを教えてもらうことで、曲をより立体的に捉え直すことができました。まだまだ知らないことがあるし、こうした発見があるからこそ、音楽への興味は尽きることがありません。

こうした経験をするたびに思うのは、講師が知っている知識を一方的に伝えるだけの時間は、あまり面白いものではないということです。昔たくわえた音楽の情報を切り売りすることが講師の仕事だとも思いません。本来、講師は生徒と共に音楽に向き合うなかで、一緒に成長し、変化していくもの、「生徒こそが、良い講師を育てる」のだと実感しています。

2026/03/24

音楽を聴く技術 (ベンジャミン・ザンダーに学ぶ)

日本の教育現場や社会では、古くから「細部を疎かにしない」、そして「正しくあること」が美徳とされてきました。音楽のレッスンの世界でも、間違いを指摘し、それをきちんと修正することが上達への正解だと、教える側の人間も、そして生徒も無意識に信じている部分があるかもしれません。しかし、その「正しさ」への情熱が、いつの間にか欠点を見つけるための鋭い視線へとすり替わり、私たちの音楽への感性を閉じてしまっているように感じることがあります。

イギリスの指揮者、ベンジャミン・ザンダー氏(Benjamin Zander)が語ったあるエピソードは、そうした私たちの聴き方の根底を揺さぶるものです。

インドでの「無反応」という体験

ザンダー氏が、インドで600人のビジネスパーソンを前に講演した時のことです。ザンダー氏は最高の情熱を注いで話をしたのですが、客席は完全に受動的(Passive)で、笑いも反応もありません。彼はひどく落胆し、パートナーに「最悪だった、手応えがなかった」と電話でこぼしました。

ところが、その後のパーティーで観客たちはザンダー氏を熱烈に迎え、人生が変わったと涙ながらに感謝を伝えてきたのです。ザンダー氏は戸惑い、なぜ会場であれほど静かだったのかと問うと、観客たちは言いました。「トップがその場にいる限り、私たちは感情を出すことは許されないのです」

「聴くことの芸術」と双方向の対話

この経験を通じて、ザンダー氏は「聴くことの芸術(The art of listening)」について語っています。

私たちは「演奏の技術(The art of performing)」については語りますが、与えられたものを受け取る「受容の技術 (The art of receiving)」についてはあまり語りません。しかし、演奏者と聴き手の間には双方向の会話があり、それは一つの「愛の関係」なのだとザンダー氏は表現します。

「演奏者にとって、自分がどういう存在としてそこに居るのか、考えてみてほしい」

もし聴き手が反応しなければ、その大切な関係を育むことができず、音楽の成立の極めて重要な部分を逃してしまうことになります。よく見過ごされることなのですが、音楽は演奏する側だけでは成立しえないものなのです。

観客は「敵」か「恋人」か?

今の若い音楽家の多くは、「観客は批判的で、ミスを待ち構えている敵だ」と教えられて育つ傾向があります。もし聴き手が間違い探しをするように聴いているなら、演奏者はそれに応じて萎縮してしまい、ミスのないことだけを目的とした「守りの演奏」になってしまいます。

しかしザンダー氏は、実際はそうではないと断言します。 「観客は演奏者の友人であり、恋人なんだ。彼らはあなた(演奏者)が最高に輝くことを願っている。その思いは、彼らの顔の輝き(Spark)に表れている」

私たちの教室でも

私たち講師も、仕事柄、演奏の粗を見つけなければならない場面が多々あります。しかし、ただ間違いを探す審査員として座っているだけでは、よい音楽は生まれません。

ザンダー氏は、聴き手を単なる観客ではなく、演奏の不可欠なパートナーだと捉えています。私たちがどのように聴くかが、その場で生まれる音楽の質を変えてしまう。 そのことを忘れずに、生徒が差し出す音の最高の受け取り手であれたらと思います。

これを読んでいるあなたも、今日から誰かの演奏を聴くとき、少しだけ「自分はどういう存在としてここに居るか」を意識してみてはいかがでしょうか。


ザンダー氏のエピソードは下の動画から聞けます。:


2025/12/27

2025年 クリスマス会

音の木音楽教室の名古屋池下教室にて、昨年に引き続き、日本では二回目となるクリスマス会を行いました。子どもの部と大人の部の二部構成で、総勢30名の生徒さんにご参加いただき、賑やかで温かい時間となりました。

子どもの部では、昨年好評だったキリスト生誕の物語(Nativity)に続き、今年は「Twelve Days of Christmas(クリスマスの12日間)」に挑戦しました。今回は紙人形を使い、歌に合わせて次々と登場するキャラクターや贈り物を視覚的にも楽しめるよう工夫しました。少し長い歌詞ですが、子どもたちは人形の動きに集中し、私たちが思った以上に盛り上がるイベントとなりました。音楽を通じて海外の伝統的な文化に触れる、素敵な機会になったと感じています。

大人の部は、中学生から70代の方まで幅広い層の方々が集まりました。今回はギターの生徒さんが多かったため、特別に編曲したクリスマス・キャロルの合奏を披露していただきました。普段の個人レッスンとは異なり、仲間と息を合わせる合奏は、技術面だけでなく新しい発見も多かったはずです。また、年齢や背景の異なる生徒さん同士が音楽を通じて交流されている様子は、講師としても非常に刺激を受けました。

イギリスから日本に拠点を移し、レッスンを本格的にスタートしてから早いもので2年が経ちました。当初は、文化や環境の異なる日本で「みなさまが音楽教室に何を求めていらっしゃるのか」を模索し、手探りでのスタートでした。しかし、おかげさまで今では次第に多くのお問い合わせをいただけるようになり、少しずつこの地になじんでいく喜びを実感しております。

特に、開校初期から通ってくださっている生徒さんたちの成長には、目を見張るものがあります。技術的な向上はもちろん、音楽を楽しみ、またそれによって人生をより豊かなものにされている様子を間近で見させていただくことができ、これからも一緒に音楽ができることが楽しみでなりません。2026年も、これまでの経験を大切にしながら、皆さまと一緒に新しい挑戦を続けていきたいと考えています。

これから年末に向けて寒さが本格的になってくるようです。皆さまどうぞお体に気をつけて、心温まる年末年始をお過ごしください。






2025/12/05

クリスマス音楽から学ぶ文化教養

今年もクリスマス会を企画しています。前回の子どもの部では、イギリスの学校などでは必ず取り上げるキリスト降誕の物語(Nativity)の紙芝居を行い、クリスマスの本来の意味について触れる機会となりました。今年は「十二夜(Twelve Days of Christmas)」——クリスマスから公現祭までの12日間——をテーマに、さらに深くクリスマスの世界を探求していきたいと考えています。

さて、クリスマス会の準備を進める中で、何人かの中学生の生徒とクリスマスの曲について話をする機会がありました。「どんなクリスマスの曲を知っている?」と尋ねてみたところ、生徒が答えてくれたのは、トナカイやサンタクロースが登場する曲ばかりでした。「赤鼻のトナカイ」「ジングルベル」「サンタが町にやってくる」など、楽しくて親しみやすい曲たちです。

もちろん、これらの曲も素敵なクリスマスソングです。しかし、イギリスやヨーロッパでは普通に歌われているキャロルや讃美歌、たとえば「きよしこの夜」や「もろびとこぞりて」などについては、あまり知らないという反応が返ってきました。

もちろん生徒によって知識の差はあると思いますが、この会話から、日本におけるクリスマスの受容のされ方について考えさせられました。日本では、クリスマスは楽しいイベント、プレゼントをもらえる日、ケーキを食べる日として定着しています。サンタクロースやトナカイといった、ファンタジックで視覚的にも楽しい「お祭り」の要素が前面に出ているのです。

一方で、クリスマスの本来の意味や、その背景にある文化的・宗教的な物語については、触れる機会が少ないように感じます。クリスマスの核心を歌う讃美歌や聖歌は、意外と知られていないのが現状なのかもしれません。

ここで考えたいのは、クリスチャンであるかどうかに関わらず、クリスマスという文化的イベントを理解することの意味です。

クリスマスはヨーロッパをはじめ、世界的に最も大きな文化的イベントの一つです。日本においても、クリスマスはすでに大きな年中行事の一つとなっています。街はイルミネーションで彩られ、様々な商業施設でクリスマスイベントが開催され、多くの人々がこの時期を楽しみにしています。それほど大きなイベントであるならば、その起源や本来の意味について、少なくとも教養として知っておくことには価値があるのではないでしょうか。

日本では、クリスマスという文化イベントがあまりに商業主義に傾いているため、本来不可分である音楽が切り離されて受容されているように思えます。降誕の物語、その喜びや厳粛さを表現する讃美歌やキャロルは本来クリスマスという文化イベントと不可分なものです。ところが、トナカイやサンタクロースの曲だけが広く知られ、核心を歌う音楽はあまり知られていない。これは、文化との深い繋がりを知る機会が少ないことの表れなのかもしれません。

音楽を学ぶということ

ここでさらに深く考えてみたいのは、私たちが日々触れているピアノやギターという楽器そのものについてです。これらの楽器とそのレパートリーは、西洋で生まれ、発展してきたものです。私たちが手にしている楽譜やその記譜法のシステム、演奏している曲、そこで扱う技術は、西洋の文化や歴史、思想や宗教とは決して切り離すことができません。

音を表面的になぞることは、練習を重ねれば誰でもできるようになりますし、もしかするとコンクールやコンペティションには勝てるかもしれません。しかし、そもそも音楽は指の俊敏を競う競技などではありません。その音楽を本当に深く理解し、表現するためには、その背景にある文化、歴史、そして物語を知ることが必要です。

幅広く分厚いレパートリーを持つクリスマスの音楽は、まさにその入り口として最適な題材です。なぜこの曲が生まれたのか、どんな思いが込められているのか、どのような文脈で歌われてきたのか。そうした周辺の知識を含めた教養があってこそ、音楽は単なる音の羅列ではなく、意味を持った表現となります。

楽器を学ぶということは、技術を磨くことだけではありません。その楽器が育まれてきた文化的な土壌を理解し、豊かな背景の中に音楽を位置づけることができるようになること、その上で自分がそこにどのように関わっていくかを考えることです。それが音楽を学ぶ人間のほんとうの文化的成長ではないでしょうか。




2025/11/05

Lesson Options & Access Guide for Fukui School

Thank you for your interest in our music lessons in Fukui! We are delighted to receive inquiries from people who share a love for music.

Before we discuss lesson options, there are two important things you should know about our Fukui studio:

⏰ Lesson Schedule
In-person lessons at our Fukui studio are available every other week (bi-weekly).
This is because I travel regularly between Fukui and Nagoya. If you need more lessons, online lessons or hybrid options (explained below) work perfectly!

🗺️ How to Get to Our Fukui School
Our school is located very close to JR Miyama Station in a peaceful, natural environment surrounded by mountains. Please note: it is not in the city centre, so planning your route is very important.

🚗 By Car (Most Convenient)

Takes about 30 minutes from central Fukui City
Free parking available

🚃 By Train (Public Transport Option)

Takes about 30 minutes from JR Fukui Station.
Important: Train services are very limited (often only 1-2 trains per hour)
Please check the schedule in advance: JR West Timetable

🚌 By Bus

Local buses also stop at Miyama Station. Similar to trains, bus services are not very frequent. Please note that bus fares are generally higher than train fares for this route. Therefore, if the timetables align, the train is the more economical and recommended public transport choice.

🚲 By Bicycle (Scenic Route)

Takes about 1 hour from Fukui City (Just over 20km from Fukui Station) depending on your fitness.
Beautiful scenery with very few hills and light traffic.
Best for those who enjoy cycling and are physically comfortable with longer rides.


🎵 Flexible Lesson Options

If traveling to our studio is difficult, don't worry! We offer several flexible alternatives:

1. 🚲 Traveling Lessons (出張レッスン)

I can come to your home in Fukui city (within a reasonable distance)
Small travel fee: ¥1,000 per lesson

2. 💻 Online Lessons (Zoom/Google Meet)

Our most popular option
Available weekly for consistent practice
Learn from the comfort of your home
Best for: Maximum flexibility and regular weekly lessons

3. 🔄 Hybrid Lessons (Mix of Formats)

Combine any of the above options
Example: Online lesson one week + in-person lesson the next
Best for: Students who want both convenience and direct contact

We are happy to discuss which option works best for your schedule and location. Please feel free to ask any questions. We look forward to playing music with you!


2025/09/13

初見(サイトリーディング)能力の重要性について

サイトリーディングというのは日本語では初見という意味です。初めて見る楽譜から即座に、あるいは与えられたほんのわずかな時間内で弾けるようにすることです。

以前日本で習っていて、転勤でイギリスに来た生徒がいました。彼は曲を弾かせれば抜群にうまいのですが、初見が得意ではありません。日本で習っていたときは、初見をしたことがない、といいます。イギリスのグレード試験に初見の課題は必ず入っていますし、学校の入学試験等にも含まれていることが多いので、その生徒に「何故イギリスでは初見なんてものをしなければいけないのか?必要ないのではないか?」という質問をされたことがあります。

日本の音楽教育では、初見の能力は一般に軽んじられているのかもしれません。ですが、音楽家として生きていく上で最も重要な能力の一つだと思います。年に一度しかコンサートをしないとか、たまにひとりでしか演奏しないならともかく、誰かと「仕事で」演奏する場合には誰も譜読みする時間など待ってくれません。ひとりだけ何日も練習しなければいけないとしたら、クビになってしまうでしょう。オーケストラの年間のコンサートプログラムを見てみてください。毎コンサートでほとんど違うプログラムを弾いているはずです。各コンサートにつき、一体何回のリハーサルを取って練習することができるでしょうか。

前述の生徒は最近、某音楽大学のコースに入り、イギリスで教育を受けてきた生徒とクラスを受けていますが、みんな読譜が速いため、ついていくのが大変だといっていました。弦楽器専攻だとカルテットやオーケストラの授業がありますが、その場で即座に弾けるのが当たり前なのです。

私達の例でいえば、教室で教える仕事をしていると、私達の知っている曲ばかりを生徒がもってくるとは限りません。タイトルすら聞いたことも見たこともない曲ということもあります。そういうときに、生徒が一度弾いている間に楽譜を全部読んで、どこがポイントで何を指導するかを考えるわけです。率直に言えば、指導を行う際には、演奏能力はもちろん必要ではありますが、読譜力と音感はより大切になってきます。



2025/05/09

知っているつもりの身体、楽器が教えてくれること

私たちは日々、当たり前のように身体を使って生活しています。歩く、話す、物を取る、座る――これらの動作のほとんどは無意識に行われています。そして、何か特別な不調がなければ、「自分の身体はちゃんとコントロールできている」と思いがちです。けれども、楽器を持ったとたんに、その「つもり」が揺らぎ始めます。

「あれ? 指ってこんなに動かないんだ…」

ギターの弦を押さえようとして指が届かない。ピアノでスムーズに音階を弾こうとしても指がもつれる。管楽器では呼吸のコントロールが効かない。これらは、楽器を始めたばかりの人がよく体験する“戸惑い”です。

そして、その戸惑いこそが、実は「本当の自分の身体との出会い」なのです。

  • 「自分は指が器用だと思っていたけど、意外と力任せに動かしていたんだな」
  • 「肩にこんなに力が入っていたなんて、今まで気づかなかった」
  • 「息って、こんなに浅くしか吸っていなかったのか」

楽器を弾くことを通して、身体にかけていた“思い込み”が、ひとつひとつ剥がされていきます。そして、そのたびに私たちは自分の身体に対する新しい理解を得ることができるのです。

身体は「思い通りに動かすもの」ではなく、「感じながら生きているもの」

楽器の練習をしていると、「うまく動かない身体」に対して、つい苛立ちを覚えることがあります。指が思い通りに動かない、肩や腕がすぐに疲れる、息が続かない…。そんなとき、私たちは無意識のうちに「身体は思ったとおりに動くべきだ」と思い込んでいることに気づきます。

けれども、身体は何かの「道具」ではありません。身体は自分自身であり、私たちはその感覚とともに生きています。力の入り方、バランスの取り方、呼吸の深さ――それらを感じ取りながら、身体の動きと丁寧に付き合っていく。そうすることで、演奏だけでなく、日常のあらゆる動作にも優しさや柔らかさが生まれてきます。

「こう動け」と命令するのではなく、「今、どう感じている?」と問いかけるような関係。それが、楽器を通して見えてくる、本来の身体との向き合い方なのかもしれません。

意識の光を当てることで生まれる変化

楽器を通して身体の動きに意識を向けるようになると、日常のささいな動作にも変化が生まれます。たとえば、「歩くときに肩が上がっていた」「スマホを持つ手がいつも緊張している」「息を止めて作業していた」など、無自覚だった身体の癖が見えてくるのです。

そしてそれに気づいたとき、私たちはようやく「本当の意味で、自分の身体と出会った」と言えるのではないでしょうか。

楽器を弾くことは「自分を知るレッスン」

楽器の上達とは、単に技術を身につけることではありません。それは、自分自身を繊細に観察し、理解し、育てていくプロセスでもあります。

「自分の身体を知る」というのは、実はとても深くて奥行きのある旅です。楽器はその旅の案内役となり、私たちを「知っているつもりの自分」から、「本当に感じられる自分」へと導いてくれます。