2025/05/09

知っているつもりの身体、楽器が教えてくれること

私たちは日々、当たり前のように身体を使って生活しています。歩く、話す、物を取る、座る――これらの動作のほとんどは無意識に行われています。そして、何か特別な不調がなければ、「自分の身体はちゃんとコントロールできている」と思いがちです。けれども、楽器を持ったとたんに、その「つもり」が揺らぎ始めます。

「あれ? 指ってこんなに動かないんだ…」

ギターの弦を押さえようとして指が届かない。ピアノでスムーズに音階を弾こうとしても指がもつれる。管楽器では呼吸のコントロールが効かない。これらは、楽器を始めたばかりの人がよく体験する“戸惑い”です。

そして、その戸惑いこそが、実は「本当の自分の身体との出会い」なのです。

  • 「自分は指が器用だと思っていたけど、意外と力任せに動かしていたんだな」
  • 「肩にこんなに力が入っていたなんて、今まで気づかなかった」
  • 「息って、こんなに浅くしか吸っていなかったのか」

楽器を弾くことを通して、身体にかけていた“思い込み”が、ひとつひとつ剥がされていきます。そして、そのたびに私たちは自分の身体に対する新しい理解を得ることができるのです。

身体は「思い通りに動かすもの」ではなく、「感じながら生きているもの」

楽器の練習をしていると、「うまく動かない身体」に対して、つい苛立ちを覚えることがあります。指が思い通りに動かない、肩や腕がすぐに疲れる、息が続かない…。そんなとき、私たちは無意識のうちに「身体は思ったとおりに動くべきだ」と思い込んでいることに気づきます。

けれども、身体は何かの「道具」ではありません。身体は自分自身であり、私たちはその感覚とともに生きています。力の入り方、バランスの取り方、呼吸の深さ――それらを感じ取りながら、身体の動きと丁寧に付き合っていく。そうすることで、演奏だけでなく、日常のあらゆる動作にも優しさや柔らかさが生まれてきます。

「こう動け」と命令するのではなく、「今、どう感じている?」と問いかけるような関係。それが、楽器を通して見えてくる、本来の身体との向き合い方なのかもしれません。

意識の光を当てることで生まれる変化

楽器を通して身体の動きに意識を向けるようになると、日常のささいな動作にも変化が生まれます。たとえば、「歩くときに肩が上がっていた」「スマホを持つ手がいつも緊張している」「息を止めて作業していた」など、無自覚だった身体の癖が見えてくるのです。

そしてそれに気づいたとき、私たちはようやく「本当の意味で、自分の身体と出会った」と言えるのではないでしょうか。

楽器を弾くことは「自分を知るレッスン」

楽器の上達とは、単に技術を身につけることではありません。それは、自分自身を繊細に観察し、理解し、育てていくプロセスでもあります。

「自分の身体を知る」というのは、実はとても深くて奥行きのある旅です。楽器はその旅の案内役となり、私たちを「知っているつもりの自分」から、「本当に感じられる自分」へと導いてくれます。