イギリスのロンドンをはじめとして、今は名古屋と福井、オンラインを通じてシンガポールやアメリカ、ヨーロッパなど、さまざまな場所でさまざまな人に教えてきました。 異なる空気が流れる場所で音楽を教えていると、避けて通れない問いに突き当たります。それは「文化資本の格差」という、目に見えないが厳然とした壁です。
ロンドンのような都市は、長い歴史もあり、世界中からたくさんの多様な人が集まってきます。そういう場所においては様々な文化、芸術、音楽に触れることが非常に容易で、自分で積極的に努力してそういったものに触れようとしなくても、勝手に向こうからやってきます。コンサートホールでは世界的に有名な音楽家のコンサートが毎日のように開かれています。しかも日本に比べれば格安で、さらに学生ならワンコインでみられるようなチケットもあります。美術館などは無料だから、暇つぶしに足をはこんで教科書でしか見たことがない、歴史的名画をみることができる。私たちの隣人はイギリス人、スロヴァキア人、ポーランド人、イラン人、ユダヤ人、トルコ人、日本人などがいました。隣人を通じて、世界の文化や習慣、状況について色々学んだり、考えさせられたりします。
そういう場所に住んでいる人たちに比べて、日本の、とくに地方にいると、文化や芸術に関する情報や、それに接触できる体験は非常に限定的であることを実感せざるをえません。もちろん地方には地方の良さや、そこでしか得られない体験があるという事も事実です。しかし、その「地方ならではの良さ」を肯定することと、世界と地続きであるはずの文化的な文脈から切り離されてしまうことは、全く別の問題です。
心地よい日常の中に安住し、外側の多様な価値観に触れる機会を失ったままでいると、知らぬ間に自分たちの立ち位置を客観視する「物差し」まで失ってしまいます。ロンドンのように異質な存在が隣り合わせに生きる場所では、嫌でも「自分とは違う文脈」を意識させられますが、変化の少ない環境では、今ある景色が世界のすべてであるかのような錯覚に陥りかねません。
私が抱く危機感は、単に地方が文化的に遅れているという単純な比較ではありません。むしろ、「自分たちが何かの文脈の中にいることすら意識されない」という無自覚さへの危惧です。
「知らない」ことの境界線
文化的教養とは、それを知らなくても日々の生活に困るものではありません。しかし教養は、世界の解像度を劇的に変えるレンズであり、同時に自分の外側にあるもの——異なる時間、異なる場所、異なる考え方——と出会うための装置でもあります。
たとえば、バッハの旋律をただ「綺麗な曲」として聴くのと、その背後にある数学的・建築的な構造や、宗教的あるいは世俗的な作曲背景、和声法と対位法の融合、前の世代から何を受け取り、後の世代は何をうけとったかという歴史的な文脈などを知って聴くのとでは、耳に届く情報の密度が全く違います。あるいは、ロンドンの街角で見かけた古い建築が、どの時代の様式で、だれが、どのような思想や美学を背景に建てられたかを知るだけで、ただの「古い壁」が、数世紀前の人間と対話するための入り口に変わります。
教養を持つということは、単に知識の量を増やすということではありません。そうではなく、自分の外側にあるもの——自分とは全く異なる時間、場所、考え方の中に生きた、あるいは今を生きる人々——と出会うための「合言葉」を手に入れるようなものです。その合言葉を知らなければ、目の前にどれほど豊かな世界が広がっていても、それはただの風景として通り過ぎていってしまいます。
「知らない」という状態は、一見すると平穏です。しかしそれは実際には、「選び、参加するための選択肢」そのものが最初から存在しない状態にほかなりません。この状態をあまりに肯定しすぎることは、結果として、世界中で交わされている豊かな対話の輪から自らを切り離し、「文化的な辺境」に留まり続けることを意味しないでしょうか?たとえそこが居心地良くても、その外側にある広大な世界とのつながりを持たないことは、知らぬ間に自らの自由を狭めてしまうように思えます。
こうした「歴史や他者とのつながり」は、何もクラシック音楽や古い建築といった、過去の遺産に限った話ではありません。むしろ、私たちが今この瞬間に享受している日常的な娯楽の中にこそ、その系譜は脈々と息づいています。このことは、たとえば、日常的に耳にするジャパニーズ・ポップスを例にすると、より明確になります。一見、伝統的な教養とは無縁の、現代的な娯楽に見えるかもしれません。しかし、その骨格を成しているのは、数百年にわたって西洋音楽が積み上げてきた伝統的知性そのものです。そのような仕組みについて知ることで、私たちは「ただ聞く」という受動的消費から一歩踏み出し、何世代にもわたる創作者たちとの対話に参加できるパスポートを持てるのです。 たとえ物理的に「辺境」と感じられる場所にいても、私たちは知らず知らずのうちに、もっと大きな世界のコミュニティの音楽的対話の末端に繋がることができます。
問題は、その仕組みを意識することなく恩恵を享受しているだけでは、結果を消費することに留まってしまう点にあります。自分の足元を掘り下げてみれば、そこには必ず世界や歴史へと続く巨大な系譜が流れている。その事実に無自覚であることは、自分を閉じ込めている境界線に気づかないまま、知らぬ間に世界から孤立していくことではないでしょうか。
補助線を引くという試み
私が今この場所でできることは、目の前の人が手にしている「好きなもの」の背後に、世界へと続く一本の「補助線」をそっと引いておくことだと思っています。
それは、いま耳にしているメロディが、実は遠い時代の人々が積み上げてきた和声の論理と地続きであるということを提示することかもしれません。あるいは、聞き慣れないリズム構造を解きほぐして見せることで、自分が知っている音楽の枠組みの外側に、まだ見ぬ広大な表現の選択肢が存在することを示すことかもしれません。
こうした小さな気づきを、日常の隙間に置いておく。 それはすぐに何かの役に立つわけではないし、今はただの「余計な情報」として聞き流されるかもしれません。しかし、いつか彼らが自分の立ち位置を問い直そうとするとき、その補助線がパッと道を照らし、世界を一気に広げる「種」になるのではないかと思っています。
足元の音を、世界という大きな対話の系譜へと繋ぎ直すこと。 自らが選ぶことのできない環境の中で、しかしそこに無自覚に閉じ込められるのではなく、そこから自ら選んで世界と対話するための「言葉」を手渡していくことが大事だと考えています。