2017/03/06

ベートーヴェン ピアノ・ソナタの初版譜

最近、ベートーヴェン作品を弾かれる方が何人か教室にいらっしゃっるので、この機会にと思い、テクラ社(Tecla)から出版されている、32曲のピアノ・ソナタの初版譜のファクシミリ(リプリント)を購入しました。


現代の、よどみ無くスッキリとした印刷技術に慣れた目から見ると、よく言えば味がある、悪く言えば荒く、不鮮明で見づらいというような印象を受けますが、当時はもっとも細密な印刷技術であったのは間違いないでしょう。少なくとも、それこそが作曲家が考えていた出版譜のすべてであり、自分や他の音楽家に読まれることを想定して創作に励んでいたのです。このような楽譜を、現代のLEDではなく、ろうそくに毛がはえたようなランプの暗がりで眺めた光景を想像してみてはいかがでしょうか?違った音の世界が開けてくるはずです。

ある作品を読み解く上で、初版譜はまちがいなく重要な資料の一つです。ときには最終決定稿として、残されている自筆譜以上の意味を持ちます。様々な出版社から出ている原点版と称されるエディションは初版譜を含む様々な資料を参照しながら編集されていますが、やはりどうしても現代の編集者の視点からは逃れられません。なによりもまず、様々な資料をもって、唯一の「本当の作曲者の意図」を照らし出そうというその態度こそが大変「現代的」であるとも言えるでしょう。一方、当時の楽譜を眺めてみると、たとえばレイアウト一つとっても、現代の要求とは全く違う考えの元に作成・編集されていることがわかります。

本も楽譜もただの抽象化された記号や情報ではありません。それを忘れて、ある部分だけに焦点をあてれば、一方でこぼれ落ちる部分も出てしまうのです。原典版というのは、作品を包括的に、そして手っ取り早く理解する近道ではあるでしょうが、まだ情報として取捨されていない一時的資料に直接に当たるというのは、作品の全体と本質をとらえる上で、大きな意味があると思います。

*テクラ社のブライアン・ジェファリが、現代のエディション(ヘンレ版)とを比較して、いくつか細かな記譜上の違いと、それが音楽解釈に与える影響について述べています。

Why, exactly, this Tecla edition may be useful to pianists.


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